若い頃のチョン・ウソン

若い頃のチョン・ウソン

チョン・ウソンは韓国男子の憧れとして、なりたい男の手本として君臨しています。もちろんそれにはカリスマ性も備わっているからこそですが、チョン・ウソンが出演した『Beatビート』は韓国の観客が選んだ歴代青春映画ベスト10に入るほど、チョン・ウソンがトップスターへの仲間入りした作品でもあります。

この作品に出た当時のチョン・ウソンは24歳。映画公開前のインタビューではいろいろ答えています。1997年5月に公開された「Beatビート」では、現実に適応できずに、放浪する若者たちの世界をリアルに描いたアクションムービーです。

学歴社会の韓国では日本のようなソウル大学をトップに、日本とは比べものにならないほどの受験戦争です。そしてそのソウル大学に入学する子供達は、とてもエゴイスティック丸出しで嫉妬心が非常に強く、また運を味方に付けた勝負運がないとソウル大には入れないと言われています。

韓国男性はとにかく高学歴が求められますが、それでも大学進学率をみると20~30%という数値になっています。大学に入学しない人たちが大部分を占めるマジョリティのはずですが、社会からは取り残されていきます。チョン・ウソンが演じた主人公のミンもそんなコンプレックを抱えたまま社会の中で自暴自棄になっていく姿が、多くの若者から共感を得てかっこいい!と韓国男子の心を掴んだのでしょう。

20代のカリスマ

今でもチョン・ウソンの持っている独特の雰囲気とそのカリスマ性が魅力的で、いろいろな映画でそのカリスマ性を発揮していますが映画「中天」(邦画タイトル:レストレス 中天)では、愛を求めて生きた人間が行くことができない死の世界「中天」に足を踏み入れる、退魔武士(イグァク)を演

じたことで、カリスマ性を発揮する俳優として見事に堂々1位に選ばれました。

「アテナ 戦争の女神」でも東洋人には似合うの難しいオールバックのタキシード姿で銃を持ってのアクションシーンもあれば、白シャツにデニムで手にはアイスクリームという姿でも絵になる。男っぽいのにエレガントな姿がファンの心を捉えていますが、20代の頃のカリスマ性とはまた違った意味での素敵な年齢の重ね方をしているようです。もちろんカリスマ性は共通しているのですが・・・

スモーカー

タバコをくわえている写真でポーズをしている写真や映画の中でもBeatビートでは、タバコをくわえて手にはZIPPOのライター。

24歳の公開前のインタビューでは、初めてタバコを吸ったのは中学2年。と答えています。今の生活は不明ですが、その当時のインタビューでは朝一番に起きてすることは、まずTVをつけてタバコをくわえることから朝の1日が始まると答えています。

イ・ジョンジェとチョン・ウソンが『太陽はない』のポスターを撮影した潜水橋に、14年ぶりに同じ場所で撮影していますがそこでもチョン・ウソンはタバコを片手にポーズをしているので、チョン・ウソンの写真にはタバコがひとつのアイテムになっているような感じもします。そこが男っぽくていい!と韓国男子は真似したくなるのでしょうか?!身長も高いし、しっかりとした筋肉もついているので韓国男子が「このようになりたい」と思うイメージをこのままキープしていってくれることと思います。

20代のころももちろんいいですが、40代になったチョン・ウソンも魅力的なのは変わりませんから!

20代のカリスマが消えた・・

韓国の20代若手俳優があるインタビューで「チョ・インソンさんやカン・ドンウォンさんらが、20代の時に主役を演じていえるときにあったカリスマ性がどうして僕にはないのだろうか。僕が幼い頃に感じた彼たちは、とても重みのある感じに見えたのに、なぜ僕は以前の彼たちと同じくらいの年齢に達したのに、その重厚さが感じられないのだろう」ということを問いかけました。

なるほど・・そうかもしれない。カン・ドンウォンが映画「私たちの幸せな時間」に出演していた頃の年齢は25か26歳、チョン・ウソンが「Beatビート」を演じていたのは24歳。イ・ジョンジェが「太陽はない」を演じていたのも24代中頃。チョ・インソンが「バリでの出来事」「春の日」に出演していた頃は22~23歳です。

どうして今の若手俳優にその当時の20代俳優が持っていたカリスマ性がないかについて、大きく変わるのは時代の求めるものが変わってきたからではないか?!と言われています。

昔とは今はもちろん時代が変化しています。そして人々が望んでいるスターとしての姿の意識も昔とは変化していることがあげられます。昔はスター=謎に包まれた神秘的存在がごく当たり前だったので、イメージ戦略の時点で神秘的なイメージ作りのマーケティングがなされていました。

それが今は、大衆側も神秘性を求めるのではなく、親しみやすさといった魅力を好んでいることが大きな違いといえるでしょう。結果、戦略する側も親しみやすさを売りにするので、私生活はこんな感じといった切り売り的な戦略になっています。親しみやすさは神秘的の反対にあるので、よりカリスマ性を親しみやすさで出すことは難しくなっています。そして親しみやすさと一緒に映画やテレビドラマでも面白いか?!どうかが興行的にヒットするかどうか変わってくるので、面白いもの楽しいものを追求していく形の番組や内容になっているとも言われています。