チョン・ウソンとイ・ジア破局の真相

チョン・ウソンとイ・ジア破局の真相

ドラマが縁となって知り合い、共演したドラマは高視聴率!そして付き合いだし2人でパリにも旅行に行き、順調に愛を育んでいる途中。付き合いだして4ヶ月。38歳の誕生日パーティにはもちろん彼女も呼んで一緒に誕生日をお祝いする予定。そんな最中にまさかまさかの彼女が人妻だったなんて・・おまけに離婚訴訟中だったなんて寝耳に水!!! 翌日予定の38歳の誕生日パーティは当然キャンセル。もちろん国中スキャンダル! こんな最悪の38歳の門出となったのは、身長187センチのチョン・ウソン。まさか離婚訴訟中だった彼女はイ・ジアでした。驚くべきことに、イ・ジアの結婚していて相手は韓国のスーパーロック歌手で全盛期の小室哲哉なみの人気を誇るソ・ジニ。まさに韓国ミュージックシーンのカリスマが、イ・ジアの元夫でした。

イ・ジアはミステリーに包まれた女優としてデビューしましたが、デビュー作からすごいデビューです。ヨン様のペ・ヨンジュンが主演を務めた『太王四神記』。この作品では、ベ・ヨンジュンとムン・ソリ、そしてもうひとりの主演として30回にわたるオーディションで抜擢された新人女優としてデビューを果たしました。小学校の時にアメリカへ移住していて、カリフォルニア州パサデナにある美術大学在学している時に太王四神記のオーディションを受けて、ハ・ジウォンやキム・テヒといった有名女優を押しのけて、高倍率のオーディションを勝ち抜いてスジニ役を獲得しました。

チョン・ウソンと恋人イ・ジアとの関係

ドラマ「アテナ:戦争の女神」での共演がきっかけとなって、2人は出会いドラマ終演する前ぐらいに交際をスタートさせています。

チョン・ウソンは彼女のことを「見た目で気持ちが惹かれるような人でもなく、彼女もそのようにそのように話をしていたし、相手も同じ気持ちだったようだ」と話をしています。「アテナ:戦争の女神」を撮影中の現場で、たくさんの話をしていくうちにお互い相手に惹かれていき、ドラマが終盤を迎える頃にはお互いの気持ちが開かれていったようです。そして撮影後にイ・ジアがパリへ出かける用事があるということで、チョン・ウソンも休暇をパリで過ごすことを決めたようです。ちなみにチョン・ウソンが恋人と海外へ行ったのはイ・ジアとのパリが初めてのことだったとのこと。

そしてイ・ジアとチョン・ウソンはパリでのデートが写真に撮られて、2人の交際は韓国で話題となったのですがイ・ジアのスキャンダルの最中はチョン・ウソンはマスコミに対して、何も発言することはありませんでした。その当時は、イ・ジアの過去(結婚していた)がチョン・ウソンは知らなかったために、ショックで別れたともマスコミには書かれていましたが、スキャンダル騒動から1年後インタビューで彼女とのことについて口を開きました。

交際をスタートさせるにあたって、イ・ジアのほうからまず結婚と離婚経験があることをチョン・ウソンに告白されたそうです。そしてイ・ジアの結婚相手が誰だったのか。という事に関しては、パリで休暇を過ごしているときに誰かを話してきたそうです。彼女の過去を告白されて、チョン・ウソンは今までイ・ジアについて ”宇宙人”といった報道もされていたこともあるので、彼女の過去を聞いたときにはその事実を知ってよかった。と歓迎した気持ちが出たそうです。

そしてマスコミを賑わせたソ・テジに慰謝料を巡る訴訟をイ・ジアが起こしたことについては、マスコミに報道される直前にイ・ジアが直接チョン・ウソンに「もうすぐ記事がでると思う」と丁寧に話をしてくれたといいます。この件に関して、かなりイ・ジアはマスコミにバッシングを受けましたが、チョン・ウソンは彼女をかばうように「やっと交際3ヶ月になろうかという状態で、いったい自分の過去をどれだけ一度に話すことができるというのか。」とイ・ジアを庇い、スキャンダルの最中に口を開かず沈黙を守っていた理由としては、「ただでさえ大変な状況の中で、彼女を助けるといった発言をして世間に出て行ったら、さらに物事を複雑にしてしまうと思った。」とも語り、その時の状況は自分たちの本心や意思とは関係がないところで、話が歪曲されるようだったこともあったので、黙っていることを選んだとも語っていますが、彼自身の性格的に話したいことは話すという性格のために、黙っていることはとても辛かった。ともその時の心境を語っています。

確かにあの時のスキャンダルの最中は、イ・ジアには2人の子供がいるといった情報も出たり、テ・ジニとイ・ジアとの結婚生活は12年間だった。といった間違った結婚生活の期間も流れていたり、イ・ジアはチョン・ウソンに結婚していたことを一切教えていなかったため、チョン・ウソンはパニックになるといった事実とないことがたくさんマスコミを賑わせていました。あの時期に、チョン・ウソンが何を話していてもまったく意味を成さずに逆に何を書かれるのか分らない状況だったのもうなずけます。

結果2人は別れているのですが、イ・ジアのことに関してこのインタビューに答える時に「彼女に関する誤解を解きたい。でも私がうまく話せるかどうか心配だ」という言葉からインタビューは始まり、このインタビューに答えることに関して「あまりに多くの噂が出てしまっている。そこまで彼女を歪曲した目で見る必要があるのか、とも思い、真実を伝えたいという気持ちでインタビューに答える」と正直に胸の内を答えています。

チョン・ウソンがあのスキャンダルのことを正直に答えることで、イ・ジアに対する世間の誤解が晴れることを願っている姿はすがすがしい姿で、ますます彼に対して好印象を感じたファンは多いのではないでしょうか?!

ソ・テジとイ・ジアの結婚生活

あれだけバッシングを受けた、イ・ジアも実はとてもかわいそうな結婚生活をアメリカで過ごしていたようでプライベート秘密主義を貫ソ・テジと結婚したばかりに、結婚したことがばれないようにイ・ジアは名前を変えて、アメリカで隠れて生活するような状態だったそうです。

最初の出会いはアメリカです。イ・ジアは韓国ソウルで誕生していますが、小学生のときにアメリカへ移住しています。LAで知人を介して出会い、テ・ジニとイ・ジアは手紙や電話で断続的に連絡を取り合っていました。ソ・テジは韓国でカリスマとも呼ばれるポジションの人気絶頂期に所属したいたグループを解散して引退宣言をしてアメリカへ1996年に渡米しました。

テ・ジニはアメリカで生活をスタートするにあたって、言葉の面であったりアメリカでの生活を適応するための手助けとしてますます2人の距離は近づいていき、アメリカへ渡米した翌年の1997年に2人は2人のみで結婚式を挙げて、住む場所をアトランタ・アリゾナへと移行しながら結婚生活を送っていました。

もちろん超プライベートは秘密主義のテ・ジニの意向に沿って、結婚したことを友人にも言えずに。ちなみに2人が出会ったのは1993年なのでテ・ジニは21歳の韓国ではトップのスーパースター。一方のイ・ジアは15歳でまだ女子中学生??のようで、ソ・テジはロリコン気味のような気もします。

そして、出会って熱を上げたのはソ・テジのほうで韓国に戻ってからも猛烈にイ・ジアにアプローチを続けていたようです。そして韓国で電撃的な引退宣言をしてアメリカに渡りイ・ジアが高校を卒業するのを待って挙式となりました。結婚した時にソ・ジアは25歳。イ・ジアは19歳。

もちろん友人にも結婚したことを言えずに、名前も変えて複数の名前でイ・ジアは生活していくうちに自分のアイデンティティが見えなくなってきてしまった。とも。そして、自分自身として生きることが出来ないことは自由を失うことを同じ。ソ・テジは誰にも姿を見られたくないという意志を持っていたので、結婚相手の意思を尊重して従った結婚生活。それが愛だと信じて生活していた日々は、両親も捨てて自分の個人の意志も捨てて生活を送っていたそうです。

1998年にソ・テジはアメリカに滞在しながら、アルバムを発表します。そして2000年には韓国でカムバックするため韓国に帰国。もちろんイ・ジアはアメリカに残したまま。イ・ジアは1人でアメリカで隠れるように生活をすごしていました。ソ・テジは2000年に韓国カムバックしたほかにも日本にもかなり滞在して、日本のサマーソニックへ出演したり日本のミュージシャンとも親交を結んでいました。

1人アメリカで滞在していたイ・ジアは2004年末に韓国へ一時的に着ていたときに、偶然携帯電話の広告に出演することになり事務所社長と出会い芸能活動に関心を持つようになりました。そして2005年の頭にアメリカでの生活を整理しながら韓国へ渡り、ドラマ『太王四神記』の熾烈なオーディションを勝ち抜いていきデビューすることになりました。そして、2006年の1月にイ・ジアは離婚要請をしたのでした。

2人がかつて結婚していた!!!というスキャンダルが駆け巡った時には、かなりイ・ジアは性悪女だとバッシングを受けました。でもどうなんでしょう。

ソ・テジは41歳で再婚をしますが、その相手は25歳。つまり16歳年下。おまけに今回は結婚相手を写真でアップまでして、超秘密主義はどこに行った?と言いたくもないますが、再婚相手との写真をみるかぎりソ・テジはロリコンということ間違いない。という結果ではないでしょうか。

あれだけ秘密主義を貫いたイ・ジアには慰謝料が払いたくないために訴訟となり泥仕合までなっていながら、イ・ウンソンとの結婚生活を送る為の新居はものすごい豪邸。約3年の歳月で建設された豪邸は、50億ウォンとも言われていてその金額は日本円にすると4億6千万円。地下1階を含めた地上3階建て。

庭にはプールも完備され、郵便受けから宅配ボックスにいたるまで正門はもちろんのこと随所に強固なセキュリティがなされたコンピューター管理。高台に建てられた豪邸は300坪。これだけの豪邸が建設できるなら、キチンと慰謝料を払うべきだったのではないか?!と今ではイ・ジアを擁護する声の方が大きくなっているようです。

チョン・ウソン

187センチと高い身長で精悍な顔つきが魅力のチョン・ウソンは、精悍な顔つきだけではなくどこか甘さのある顔立ちで韓国では女性だけではなく男性からも人気がある俳優です。その優しげな顔つきは「私の頭の中の消しゴム」を観ていたら、誰かに似ている。誰かに似ている・・・誰だ。誰だ。。。福山雅治だ!と一時話題になったほど。確かになんとなく甘い顔つきは福山雅治に似ています。似ていないと思う人ももちろんいますが、似ていると感じる人もたくさんいます。福山雅治をもっと体格をガッシリさせた感じで福山雅治とチャン・ウソンの共通点は、男の色気があるところでしょうか。そして福山雅治も、なかなか売れなくて苦労した話などをしていますが、チャン・ウソンも若い頃に苦労を重ねているからか?!若手の俳優とは違って成熟した演技力が高く評価されていて、なおかつ枠にはまらないアウトサイダー的な雰囲気も持っています。

チャン・ウソンは最初は高い身長を生かした、モデルとして活動していました。モデルとして活動して2年後に映画『クミホ』(日本語:千年愛)のオーディションに合格して、俳優としてデビューしました。クミホは九尾狐という東洋に古くから伝わる伝説を現代に移しかえた愛のファンタジー映画です。主役のコ・ソヨン(夫はチャン・ドンゴン)の相手役としてデビューして、この作品はあまり話題にはなりませんでしたが、コ・ソヨンとはそれ以降も映画『ビート』や映画『ラブ最愛の人』でも共演して、とても息の合った演技をしていました。映画の『ビート』では女性のハートをしっかりゲットしつつ、現実に適応できずに放浪するアウトローな若者たちの世界を演じた姿は、若い男性からも支持され青春映画のシンボル的な存在になるまで着実にキャリアを重ねてきました。

チョン・ウソンは映画『私の頭の中の消しゴム』に出演して日本でも知られるようになり、日本でも人気が急上昇しました。韓国では韓国メロ映画史上で最多の観客動員数となり、250万人を泣かせた映画です。原作は2001年読売テレビ制作のテレビドラマ『Pure Soul〜君が僕を忘れても〜』で、ヒロインは永作博美が演じました。

タイトルの「私の頭の中の消しゴム」というタイトルは、原作の日本ドラマで永作博美の台詞に「私の頭の中には消しゴムがあるの」という台詞から、ドラマのキーと捉えてイ・ジェハン監督がタイトルに決定して、もちろん映画の中でもヒロインが台詞として使います。ヒロインのソン・イェジンはとにかく愛らしく可愛らしく。チョン・ウソンはとにかくひさすらかっこいいので、この映画で韓流スターに興味がなかった女性も一気にチャン・ウソンのファンになったのも納得です。